関東大震災から12年。
復興を遂げた横浜で開かれた
一大博覧会の記憶。
昭和10年(1935)頃
令和5年(2023)
大正12年(1923)に発生した関東大震災。被災した横浜の様子を、新聞各紙は「横浜壊滅」と報道。もはや街を再建することは不可能だろう――そう唱える専門家もいたそうです。
しかし、横浜の人々は立場や身分を超えて協力し、復興に尽力。昭和4年(1929)には現在の神奈川県庁の建物が完成し、その他にも今なお残る歴史的建造物が数多く建てられました。関内各所や伊勢佐木町などの商業地区でも、鉄筋コンクリート造のモダンな建築が軒を連ね、夜にはネオンの灯りが通りを照らす……。横浜には、かつての活気が徐々に戻りつつありました。
災害に負けず街の再建に尽力した市民の心意気と、日本を代表する国際港都・横浜の復興を記念して計画・開催されたのが、この「復興記念横浜大博覧会」でした。震災の瓦礫で埋め立てられ、昭和5年(1930)に開園した山下公園を本会場として、海外各国のほか、日本各地や地元企業からも多くの団体が参加し、さまざまなパビリオンを開設していました。
昭和10年(1935)3月26日から5月24日までの会期中、約330万人が来場しました。
復興記念横浜大博覧会記念だるま
昭和10年(1935) 横濱今昔写真蔵
博覧会の開催を記念して制作された錫製のだるまです。
会期終了後に刊行された『復興記念横浜大博覧会誌』によると、昭和10年(1935)3月27日に開催された開会式において、当時の大西一郎横浜市長から参列者に贈呈されたものとのことです。
後部
底部
だるまの底部には、「復興記念横濱大博覧会」の文言と、市章が表記されています。
復興博記念絵葉書
昭和10年(1935) 横濱今昔写真蔵
博覧会会場で販売されていた絵葉書です。『復興記念横浜大博覧会誌』では、以下のように報告されています。
「本博覽會で製作した繪葉書は數種あり、昭和九年の夏、暑中見舞用として、第一回の大型ポスターの圖案を、そのまゝ印刷したもので、賞品で市民に頒布したのを初めとして、同年の年末近く、昭和十年の年賀狀用繪葉書一種を製作したところ、全市民の歡迎裡に迎へられて註文殺到、到底印刷の間に合はぬ爲め、七十萬枚で後を締切るの、止むなきに至つた程の盛況を呈した。」