前章で述べたように、横浜絵葉書の元祖とされる「横浜写真版印刷所」のほかにも、市内には様々な絵葉書販売店が存在していました。本章では主だった横浜絵葉書販売店をご紹介します。横濱今昔写真が所蔵している横浜絵葉書の中にも下記に挙げる店舗で販売されていたものがあり、それぞれ目印で判別することができます。
・「横浜写真版印刷所」
→「上田写真版合資会社」
経営者:上田 義三
創業年:明治30年(1897)?
明治32年(1899)?
所在地:山手谷戸坂→翁町3丁目131
横浜写真版印刷所として山手谷戸坂にて創業後、明治38年(1905)に翁町へと移転、大正2年(1913)に上田写真版合資会社へと改称しました。横浜絵葉書を初めて販売した店舗であり、「絵葉書界の先駆」、「日本元祖絵葉書製造元」を自称していました。大正8年(1919)に解散。
各種広告では創業年が明治32年(1899)となっていますが、開港50周年を期に出版された「横濱成功名誉鑑」では明治30年(1897)となっています。
トレードマークは表面(宛名面)の中心線にある、丸みを帯びた「田」の字に「上」の字が組み合わさったマーク。
大正2年(1913)「神奈川県案内誌」
トレードマーク
・「星野屋絵葉書店」
経営者:吉岡 長次郎
創業年:明治37年(1904)
所在地:尾上町4丁目61→羽衣町2丁目25
吉岡氏が上京の折に風景絵葉書を仕入れ、それを横浜居留地外国人に転売したところ成功したことがきっかけで創業。外国人を主たる顧客として販売しました。後に吉岡氏は京浜絵葉書同業組合の幹事に就任しています。
トレードマークは表面切手欄の星形の印。
明治43年(1910)「横濱成功名誉鑑」
トレードマーク
・「トンボヤ絵葉書店」
経営者:前田 徳太郎→吉村 清
創業年:明治38年(1905)
所在地:伊勢佐木町2丁目16→同1丁目36
横浜絵葉書創成期の店舗で唯一昭和期まで続き、かつ最も絵葉書の現存数が多い店舗です。横浜のみならず東京、神戸、長崎、大阪など、日本全国の風景絵葉書を作成していました。
トレードマークは裏面(写真面)右下のトンボのマーク。時期によって変遷があり、表面の「ハガキ」の「キ」の字がトンボの絵になっているもの、表面切手欄にトンボの絵が描いてあるものなど様々。裏面左下にアルファベット付きの通し番号が振られていることからも判別できます。
トンボヤ絵葉書店(赤ポストの看板)
トレードマーク(トンボマーク)
トレードマーク(「キ」がトンボ)
トレードマーク(切手欄のトンボ)
・「上方屋絵葉書店」
経営者:吉村 清
創業年:不詳
所在地:元町2丁目85(東京銀座3丁目に本店)
上方屋は前田喜兵衛が東京銀座を本店として創業。明治後期頃に元町において横浜支店を開設。伊勢佐木町の帝国商品館内にも出張所を設けていました。店主の吉村氏はトンボヤの吉村氏と同一人物だと考えられており、両店の密接な関係が伺えます。
これといったトレードマークはありませんが、「〇〇百景」は上方屋独自の題名でした。
上方屋絵葉書店(赤ポストの看板)
上方屋製絵葉書(横濱百景)
・「Karl Lewis」
経営者:カール・ルイス
創業年:明治35年(1902)
所在地:山下居留地136→同102
アメリカ人のカール・ルイスは明治35年(1902)に来日後、山下居留地136番にて写真館を開設。明治40年(1907)に同102番へと移転するまでに2,000種以上の絵葉書を作成したといいます。
The Japan directory1903
その他、賑町「金丸商店」、南太田「赤沢美術」、山下町「歌木商店」、伊勢佐木町「浜屋絵葉書店」、寿町「早川写真館」などが横浜絵葉書を取り扱っていました。山下居留地の商館の中にも絵葉書を製造販売するところがあったようです。
※参考文献
・生田 誠『「トンボヤ」発行の絵葉書にみる、東京風景の変遷 」』郵政博物館研究紀要第13号 2022
・原島 広至『横浜今昔散歩』中経出版 2009
・半澤 正時『横浜絵葉書』有隣堂 1989
・日々野 重郎『横浜社会辞彙』横浜通信社 1917
・森田 忠吉『横浜成功名誉鑑』横浜商況新報社 1910
・郵政省『郵政百年史』逓信協会 1971
・横浜市『市民グラフ ヨコハマ 56』横浜市市民局相談部広報課 1986